からぬ結婚生活にピリオドを打って、私は離婚したのだ。私と彼女を引裂いた亀裂はもうずいぶん前から走っていて、そのピリオドはいわば私たちの解放であったのだが、離婚という現実にいざ直面してみると、やはり十分すぎるほど打ちのめされた。そんなときはるか遠方より思いがけない、しかし私が一番会いたかった男からの便りは、光のない洞を徘徊しているような私には、なにか一つの救いのような意味をもっていたのだ。
ちょろちょろと燃える火のなかに木端を投げこんだ。夜はからりと冷えこむのだ。新しい薪がぱっと燃え上がった。そのときひょいと倫子が私たちの前に現れた。私はちょっとぎょっとなって身構えたが、それは樫山も同じだったようだ。彼女は角材の切れ端を拾ってきて、私たちのかたわらに置くと、そこに座りこんだ。
「ねえ、樫山さん。訊きたいことがあるのよ。村上さんの話、聞いたかしら?」
「村上さんの話って?」
と樫山はおうむがえしにたずねた。
「あの高台の土地を売ったという話、どうやら本当らしいわよ」
「そういう話があるというだけだと思うけどな」
「だから樫山さんは甘いって言うのよ。このところ毎月のようにお年寄りたちが鹿児島の病院に出かけていくけど、おかしいと思わないの。本当は病院なんかにいくんじゃないのよ。あの人たちの息子や娘がそこで待っているからなのよ。各地から家族を集めて、その席にお金を積みあげて、あっという間に印鑑を押させてしまうのよ。敵は馬鹿じゃないのよ。敵のやり方は私たちが考えているよりずっと巧妙で狡滑なのよ」
「そのこともちらりと聞いたよ」
「だったらどうして手を打たないわけ。どんどん切り崩されていくのよ」
「しかしそれは結局、島の人たちの問題だと思うんだ」
「そんな呑気に構えてていいわけ」
「だからといって、どんな手を打てばいいんだろう。いまはぼくたちにはなにもすることができないと思うんだ」
「あなたはもう樫山教になっているじゃない。あなたはもうこの島の宗教なのよ。みんなあなたの信者じゃないの。あなたがいうようにみんな動くじゃない。だからいまのうちなのよ。いま手を打たなければ手遅れになるわよ。もうお金が飛び交っているんだから。あの土地はいくらで売ったとか、あそこはいくらで売るとか。この島の人たちは、もうそんな話しかしなくなってしまったのよ」
「君はまったくおかしいよ」
「そう、おかしいの。それはあなたがおかしいからよ。私にはあなたがわかるの。あなただってちゃんとわかっているくせに。企業に土地を売ったらどうなると思うの。どんなことされると思うの。あなたがしようとしていることとは別のことをはじめるんだわ」
そして倫子は私を指さした。とうとうその矛先が私にむけられるのかと思ったが、そうではなかった。「この人と同じ船で帰ってきた工藤のおじいさん。帰ってきてからずいぶん様子がおかしいらしいのよ。急によそよそしくなって、寄合いにもでなくなって、なんだか島を出るなんていっているらしいのよ。このあたり一帯の土地はあの人のものでしょう。あの人が土地を売ったら、私たち全員ここからでていかなければならなくなるわね」
樫山はなんだか打ちのめされた人のようにうつむいてしまった。そんな彼をさらに苦しめるように、「でも誤解しないで欲しいわ。私はあなたに反対するわよ。あなたは幻なんだから。この島が分裂したって、私たちが解散したって、この島がお金でよごれたって、私は反対するわ」
彼女は立ち上った。そして火を背にしてよろよろとよろけながら、踊るようにあざ笑うようにこう言ったのだ。
「あなたは幻