一冊の本が世界を変革することがある。小さな出版革命はやがて大地に広がっていく。

一冊の本が世界を変革することがある。小さな出版革命はやがて大地に広がっていく。
「誰でも本が作れる、誰でも本が発行できる、誰でも出版社が作れる」この小さな革命を生起させんとする「草の葉ライブラリー」が放つ第三弾。時代に沈みかけた下町をよみがえらせた山崎範子の「谷根千ワンダーランド」と高尾五郎「クリスマスの贈り物」の登場。

ーブやボールやバッドをディバックに投げ込み差し込み、カラコラムGTのギアを最上段にぶちこんでイエブリに向かった。ぐんぐんと飛ばして、天王州橋を渡り、寺田倉庫橋を渡り、若潮埠頭橋を渡り、赤煉瓦の倉庫通りを曲がろうとしたときだった。目の前に突然シェパードが飛び出してきた。両輪のブレーキをかけ素早く避けようとしたが、ハンドルを切りすぎて路上にどっところがってしまった。
「あ、大丈夫!」
と女の子が悲鳴をあげた。あの子なのだ。ぼくは痛みよりもその子のことが気になったから、ずきっと痛みが走ってきたが、
「平気、平気、ぜんぜん平気」
「あ、血がでてる。たいへんだわ。痛そうね」
その子はポシェットのなかからハンカチをとりだし、血がにじんでいる膝小僧のあたりにあてようとした。ぼくはまた「平気、平気、ぜんぜん大丈夫」と言って、倒れたバイクを引き起こした。
「ねえ、これ使って。これ、あなたにあげるわ」
いつもお父さんが言っている男は我慢だということもあるし、その子には格好よくみせたいと思ったから、
「大丈夫だよ、こんなの怪我のうちにはいらないから」
と冗談ぽく言ってカラコラムGTにまたがると、その子を振り切るようにぺダルをこいでいた。
北風号の冒険

この恐怖のどん底のなかで、そのときハンスは突然、この村につたわる歌を思い出すんだ。それは何世紀もの昔のことだよ。この島の漁師たちがものすごい嵐にまきこまれたときの話なんだ。悪魔そのものの濃柑のウルトラマリンディープが叩きつけてきて、もうだれもが海の藻屑となって消えるにちがいないって思ったらしい。そのときだれともなく歌を歌いはじめたんだ。恐怖を迫い払うように、のどが破れるばかりの大声で、歌を歌ったんだ。するとだよ、嵐のうなりの底から、女の声が聞こえてくるじゃないか。その声はだんだん大きくなって、彼らの歌にあわせるように歌うんだ。美しい声で、まるで天使のような声で、漁師たちががなりたてる歌にあわせて歌ってくるんだ。漁師たちはそのとき思ったそうだ。ああ、おれたちはとうとうあの世に召されていくんだってね。あの天使の歌声は、おれたちをあの世に引き連れていく声なんだってね。そう思いながらも、その女と歌っていると、あたりがだんだん明るくなり、波のうねりもおだやかになり、いつしか風もエメラルドグリーンになっていった。七人の漁師たちはその歌で救われたのさ。その歌を歌うことで、嵐の海を乗り切ったんだな。その歌がそのときハンスにひらめいたのさ。ハンスももちろんその歌を知っていた。小さい頃からおじいちゃんにいやというほど聞かされて育ってきたからな。ハンスもまた伝説の漁師たちのように、恐怖を追い払うように大声で歌いはじめたのさ。

風は気まぐれ、おいらの船は風まかせ
あんたが暴れた海は、
おいらの女房よりたち悪い
ああ、退散だ、退散だ

ハンスは恐怖を追い払うように大声で歌ったんだ。何度も何度も、声がかれるばかりになあ。するとだよ、あんた。すると、大波のむこうから、ものすごい風のうなりの奥から、歌が聞こえてきたんだ。それは伝説の話にあった女の声ではなく、何十人何百人もの人間が合唱するのが。風は気まぐれ、おいらの船は風まかせって歌うだろう、すると風のなかから、波のむこうから、何十人何百人もの合唱がかえってくるんだ。あんたが暴れた海は、おいらの女房よりたち悪いって歌うと、そっくりそのままの歌が何十人何百人もの合唱となってな。わしはものすごく元気になってその歌を歌いつづけたんだ。

風は気まぐれ、おいら