アジア象と象を守る人々の物語を通して自然、動物、人のつながりを見直す映画の制作

アジア象と象を守る人々の物語を通して自然、動物、人のつながりを見直す映画の制作
コロナ禍で観光客が消えたタイ。象の観光施設は閉鎖が続き約3700頭の象が飢餓や病気で苦しんでいる。タイの観光を支える象は苦難の運命を生きてきた。その象たちを懸命に守る人々がいる。言葉をもたない「エレファントの叫び」に耳を傾け、象と人間の物語をドキュメントすることで自然、動物、人のつながりを見直す。

ちが人の心を癒してくれる

新型コロナで世界中が甚大な影響を受け、私たちの仕事も先の見えない状況が続いています。この静かな時期、長年チェンマイを拠点としてきた自分たちが取り組めること、映像で伝えるべきことは何かをずっと模索していました。そんな折、2020年7月に取材でレックさんと再会し、久しぶりにエレファント・ネーチャーパークを訪ねました。観光客のいない施設はひっそりと静まり返っていましたが、緑豊かな敷地では象たちが、大小の群れをつくって生き生きと暮らしていました。不透明で不確実な時代にあって、自由を得た象たちの姿を眺めているだけで私たちは心が癒されていくのを感じました。

象は水が好き。雨の日のエレファント・ネーチャーパークでは、水溜りで泥遊びを楽しむ象の姿をあちこちで見かける。保護された104頭の象が象らしく暮らす姿をゆっくり観察できる。

エレファント・ネーチャーパークには高齢や障害をもつ象も保護されている。41歳の雌象メードウは材木運搬中に腰骨を骨折。飼育師の孫たちが喉の渇いたメードウに話しかけながら水を与える。

メードウは盲目の雌象スックジャイと暮らす。飼育師も2頭のスローペースに合わせて世話をする。

「どんな生きものにも役割があり、存在する意味がある。これまでの人間中心、経済優先の社会が新型コロナの問題を引き起こした。コロナ禍のアジアゾウや動物たちの窮状を通して、私たちは自然と動物と人の関係を真剣に問い直すべきだと思う」〜サンドゥアン・レック・チャイラート〜

レックさんのこの言葉が、模索していた映像制作のヒントとなりました。エレファント・ネーチャーパークは我が家から車でわずか1時間。いつでも駆けつけることができ、長期的かつ継続的にタイの象の姿を観察できます。私たちはレックさんに相談して、観光客の途絶えたネーチャーパークに定期的に通い、象と象を守る人々の日常をカメラで記録し始めました。コロナ禍の中で浮かび上がるテーマ、次の世代に伝えたい大切なものがそこにあると直感したからです。

象の保護で国際的に活躍するレックさん。タイ国会の動物保護諮問委員会のメンバーだが「観光ビジネスが関わるだけに意識改革の道はまだ険しい」と語る。(Photo:Save Elephant Foundation)

人間中心社会の効率主義が切り捨ててきた「つながり」

何度も通ううちに象の飼育師や医療チームと親しくなり、彼らの日常にもカメラを向け始めました。象の顔と名前が少しずつ一致するようになり、何頭かは私たちを見つけると近寄ってくるようになりました。そんな時、名前を呼んで話しかけると、耳をパタパタと動かしながら大きな体を擦り寄せてきます。人間から過酷な扱いを受けてきた象たちが、ここで人間への信頼を回復している…。科学的根拠はありませんが、そんなことを感じる象との不思議なコミュニケーションを私たちは何度も体験しました。

2017年に保護された雌象ジェニーは佐保のことを認識していて、撮影に行くと必ずスーッと近寄ってきてしばらく彼女のそばから離れない。

おちゃめな7歳の子象トンイーは毎回、奥野を熱烈歓迎!

豪快に餌を食べる象の群れ、川で水浴びを楽しむ若い象たち、象を見守る飼育師たち、飼育師と協力して象を治療する医療チーム…。エレファント・ネーチャーパークには効率主義とは対照的な象と人のやさしい関係があり、ゆったりとした「象の時間」が流れています。そんな光景を眺め、時にはその一部になるうちに日本の方々にも、ぜひ象の苦難と象を守る人々の物語を伝えた