石垣島の地産地消のイタリアンで1次産業を助け家族を思い出すレストランを作りたい

石垣島の地産地消のイタリアンで1次産業を助け家族を思い出すレストランを作りたい
コロナで大打撃を受けている石垣島。観光業及び飲食店は瀕死の状態です。島には生のハーブ、フルーツ、鮮魚等イタリア料理で使う食材に溢れていますが、規格外の食材は捨てられています今こそ、それらを活用して島を盛り上げると共に3世代の家族が記憶の時間を重ね人生の思い出になっていく島らしいレストランが作りたい

から職人が多く在籍し多くを学ばせて頂きました。

趣味を仕事にすると嫌いに成るかもと接客を生業としていましたが20代後半くらいから、いつか自分の店を持ちたいと想いを募らせていました。

(店を開業した経緯 店専用blog)

そんな私がきっかけを得て、退路を断ち石垣島に移住し、小さなお店を2020年7月に開業しました。

名前は尊敬する祖父(岩手県在住歴)の愛して止まない宮沢賢治の作品から頂いた

B・M・O【Un Bar con molti ordini】注文の多い料理店

としました。この名前にした理由に私の想いをこめています。←タップして頂くとご覧になれます。

2020年7月から2021年1月まで地産地消を旨として営業しておりましたがコロナウイルスの蔓延から沖縄県独自の緊急事態宣言発出により時短要請が出たこと、八重山諸島は多くの御年寄りがいらっしゃることとコロナ専用の病床が10床程しかない事から、当店は時短ではなく休業を選択し緊急事態宣言が解除されるまで続けておりました。

本当は3月に営業再開しようかと思っていたのですが第4波の襲来で休業せざるをえず出張シェフを友人宅や障害者支援グループホーム等で細々として現在に至ります。

そんな中、料理を作り続けるために市場に向かい多くの規格外の野菜を扱っていると、自然溢れる島ならではの虫食いや、見映えが悪く、不揃いの物、大地と強い太陽のお陰で巨大化した野菜など個性的な物ばかりでしたが、そんな事を吹き飛ばすようなあまりの美味しさに目を見張りました。

また同時に周りを見渡すと、その食材を丁寧に使って生かしきっている街場のレストランが島にあまり見当たらない事と、表現しかたの不器用さから美味しさや特徴が伝わらず埋もれている物がたくさんある事に気付き、地域の為に私ができる事がある喜びと、島の無限の可能性を日に日に強く感じるようになりました。

確かに休業移転については本意ではない部分もありましたが、旧店舗ではコロナが落ち着くまでの腰掛と思っておりましたので良いきっかけを頂いたと思っております。よって私は寧ろ背中を押して頂いたと感じ感謝すら致しております。

このような経緯とblogに綴りました強い想いからコロナにも災害にも強い事業、御客様に安心と安全を可能な限り担保し、家族みんなが笑顔に、そして地域の方々が笑顔に、ここにしかない美味しさと、素敵な人生の記憶をとして、家族の歴史の一ページとして存在させて頂く食の総合レストランを作りたいと願いクラウドファンディングを立ち上げさせて頂きました。
これまでの活動

沖縄県石垣市石垣にてワンオペレーションのイタリアンレストランを開業しました。

半年間の営業なれどコロナ禍にありながら2020年10月に緊急事態宣言東京解除の直後は市民が自粛に入り一時売り上げは多少落ちましたが、それでも増収増益をいたしました。

また加工商品の試作として通常営業の中で本物のイタリア料理で使うソース、ジャムを島の規格外の野菜やフルーツで圧倒的な低価格作ることができ、同時に召し上がって頂いた地元の方々には大変喜ばれ、リクエストを頂くようになり自信にも成りました。

例をいくつか御見せ致します。

左上から

★島カボチャのフリットバルサミコのマリネ島ローズマリーの香り 400円

★島産ビンチョウマグロと島野菜のタルタル           700円

★島魚の甘酢付けサオール(ヴェネツィア郷土料理)       700円

★島パプリカとモッツァレッラのサラダ仕立て          6