山本二三が描く「五島百景」大公開プロジェクト

山本二三が描く「五島百景」大公開プロジェクト
「天空の城ラピュタ」「火垂るの墓」「もののけ姫」「時をかける少女」等、数々の名作アニメーション映画の美術監督を務め、心に残る背景画を描いてきた山本二三。2010年から故郷の長崎県五島列島を100点描き続けたライフワーク「五島百景」の完成を記念し、五島列島での大展示会を行うプロジェクトです。

これまで『天空の城ラピュタ』『火垂るの墓』『もののけ姫』『時をかける少女』等、数々の名作アニメーション映画の美術監督として、多くの人々の心に残る背景画を描いてきた山本二三(やまもとにぞう)。2010年より故郷の長崎県五島列島を描くライフワークの作品群『五島百景』に取り組んできました。様々な仕事の合間を縫って制作を続け、ついに2021年1月4日に完成を発表しました。

目次

・山本二三が「五島百景」を描き始めたきっかけ

・ついに五島百景が完成

・五島百景の絵で五島列島をご紹介

・五島百景 五島列島展とは?

・支援金の使い道

・新型コロナウイルス対策について

・最後に

・リターンのご紹介

・実施スケジュール
山本二三が「五島百景」を描き始めたきっかけ

実家の前で。父と母、叔母。

子どもの頃から絵が得意だった山本二三は漠然と将来は絵の仕事ができたらと思っていました。ある日、小学校の体育館で『わんぱく王子の大蛇退治』というアニメーション映画を見て「こんな綺麗な世界があるのか」と衝撃を受けます。(その作品の助監督は高畑 勲氏でした。)中学卒業後、単身で五島を離れ、岐阜県の工業高校で建築を学びます。

15歳。石材会社に入社のころ。右から寮監、姉、山本二三、父。

16歳。石材会社の学生寮の前で。

東京に出て専門学校に通いながら、アニメーション背景画の会社に勤め始めました。写真は22歳の頃で背景画の仕事に就いて2年目です。『マジンガーZ』の背景を描いていました。この後、日本アニメーションに入社して宮崎駿監督と出会います。1978年、NHK初のアニメシリーズ『未来少年コナン』は宮崎 駿氏の初演出作品で、24歳の山本二三にとっては初の美術監督と転機になった作品でした。

33歳。『天空の城ラピュタ』制作時のスタジオジブリにて。

厳しいスケジュールの中、自分のパートが終わったのは徹夜明けの誕生日。「さんざん苦しい33歳。」などと冗談を言っていました。その後も高畑 勲監督や宮崎 駿監督らと共に作品を作り上げました。全速力で走り続けるような忙しい毎日。参加した様々な作品は分かっているものだけで100を越えます。

2006年、『時をかける少女』(細田 守監督作品)の美術監督として総務大臣賞を受賞。

50代も後半に差し掛かった頃、これまでを振り返ってみました。家族のことや自分のルーツのこと。そして、気づきました。

“自分は故郷のことを何も知らない…。”

子どもの頃は自転車で周れる範囲の五島しか知らなかった。実は農業を継ぐのが嫌で五島を飛び出したのでした。申し訳ない様な、後ろめたい気持ちもあった。それから、カメラを片手にいろんな所を周りました。雄大な大自然。キリスト教と仏教が共にある文化的背景。古びた、何気ない路地…。

五島の魅力を初めて知ることとなりました。そして、2010年に決意しました。

“五島の絵を描いて魅力を広く伝えよう。”

“40年近く培ってきた背景画の技術を100枚の絵に込めよう。”

“これからの修行として、更に技術を高めていこう。”

今からでも遅くない。絵を描くことで五島のことをもっともっと深く学んでいこう。それが、『五島百景』を描くことになったきっかけです。

アトリエで井持浦教会の絵を描いている様子。
ついに「五島百景」が完成

2010年に始まった山本二三のライフワーク「五島百景」は、様々な仕事の合間を縫って約20回の現地取材とアトリエでの制作を続け、約10年をかけてついに2021年1月4日に完成を発表し