北アルプス登山黎明の地 信州安曇・島々に残る蔵を山好きの集まるカフェにしたい!

北アルプス登山黎明の地 信州安曇・島々に残る蔵を山好きの集まるカフェにしたい!
松本市安曇上高地クラッシックルート徳本峠玄関口の島々谷集落に現存する江戸時代の土蔵を活用し「山好きなみんなが集まる登山に特化したカフェを作るプロジェクト」を始めます!DIY参加やメニュー開発など楽しみながら支援していただける方も募集します!!

ご挨拶

はじめまして。
AlpineCafe 満寿屋 (アルパインカフェ ますや)
代表 山口ひろき と申します。

北アルプス・上高地の玄関口 松本市安曇島々(しましま)の
文政12年建立という190年以上前の江戸時代から残る土蔵をリノベーションし、山好きな人々が集まる
登山やアウトドアに特化したカフェを作ろうと夫婦で活動しております。

松本駅から上高地へ向かうアルピコ交通上高地線の終点である
「新島々駅」から車で5分ほど山間部に向かうと現れる集落 「島々」(しましま)。

山の中にあるのに「しましま」・・駅名なんて「しんしましま」です。

なんとも不思議な語感の土地ですが

ここは、かつては杣(読み=そま きこり・林業)の村として
江戸時代より昔から細々と暮らしを営んできた集落です。

明治期からは、徳本峠(とくごうとうげ)越えの北アルプス登山の玄関口として栄えます。
イギリス人宣教師で登山家のW・ウェストンを島々の猟師である上條嘉門次がガイドし、
上高地から北アルプスの峰々を登山したのは有名なエピソードでしょう。
芥川龍之介や高村光太郎などの文豪、小島烏水などの文化人、
『孤高の人』で有名な単独行の加藤文太郎もこの島々から徳本峠を越えて上高地を目指し
この場所へ帰ってきました。

それらの功績は多くの岳人の憧れの対象となり、

北アルプス登山は爆発的な人気を博しました。

賑わいを見せる昭和の島々・満寿屋の土蔵前のバス停

昭和期には旧島々駅からバスに乗り、旧旧釜トンネル経由での上高地入りが
メインルートとなり大変便利になりました。

島々には、かつて宿や店、銭湯などがあり、登山客で賑わいましたが
利便性の波には勝てず現在では登山者の数はまばらで町並みはひっそりとしています。

島々から時間をかけ徳本峠を越えて上高地入りするこの登山道は、
今では北アルプス・クラッシックルートと言われ
島々谷の清流と寄り添い、色とりどりの蝶や山野草に出会いながら
ゆっくり静かに歩くことで日々の喧騒を忘れ
自分を見つめ直す事ができる国内でも数少ない貴重なルートです。

そして日本のメジャーな登山道としては最古に近い歴史があり
多くの岳人たちに愛されてきた古道でもあります。

この島々という土地に山が好きな人が訪れる場所を作り、
少しでも賑わいを取り戻すことができればと言う思いで
このプロジェクトを立ち上げました。

私は伊豆で生まれ育ち、20代から東京で働き、
2001年に松本に移住し結婚しました。

松本市街地から北アルプスの雄大な山々を眺めて暮らすうちに
キャンプや登山、アイスクライミングや沢登りなど
アウトドアに親しむようになっていきます。

2018年春、上高地開山を迎えた穂高へ登山をしました。

下山後、松本市街地にある自宅へ帰る途中に「島々郵便局」 へ立ち寄ることがあり、
妻が用事を済ませているあいだ車中から景色を眺めると、真っ白い漆喰となまこ壁
の土蔵が目に入り、その奥には母屋らしき家屋と更に奥の通りには何件かの土蔵が見え、
古風な細道が続いていたのが凄く印象に残りました。

「ぁぁ~なんかこの通りの雰囲気いいなぁ~」と感じたのです。

しかし、その時は「島々」という土地が北アルプス登山の歴史的な発祥地ということは
ぼんやりと知るのみでした。

その後、たまたま不思議な縁があって、ここを購入することになるのですが、
当初はカフェを始めるなんて夢にも思っていませんでした・・。

移住後しばらくは老朽化した
母屋のリフォームのことしか視野に入

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