枯葉剤60年―グエン・ドクさんと坂田雅子監督のトーク&シンポジウムを開催したい!

枯葉剤60年―グエン・ドクさんと坂田雅子監督のトーク&シンポジウムを開催したい!
1961年8月10日に米軍が初めて枯葉剤をベトナムにまいてから60年。一人でも多くの方に「平和の尊さ」について考えるきっかけに、ベトナム戦争と枯葉剤被害のドキュメンタリー映画「花はどこへいった」の上映、グエン・ドクさんと坂田雅子監督によるトーク&シンポジウムを開催します。

はじめに・ご挨拶

広島ベトナム平和友好協会です。市民レベルでベトナムとの相互理解を深め、学術・文化・スポーツならびに経済などの交流を推進するとともに、世界の恒久平和創造に寄与するための活動を行っています。昨年は「コロナ禍」で思うような活動ができませんでしたが、「外務大臣表彰」をいただき、想いを新たにしています。

忘れてはならない 1961年8月10日

今年の8月10日、ベトナム中部高原のコントゥム省に初めて枯葉剤がまかれた1961年8月10日から丸60年を迎えます。ベトナム政府は2004年に“枯葉剤を忘れないように”、“繰り返されないように”、そして“枯葉剤被害者に支援を”と、8月10日を「枯葉剤被害者の日(エージェント・オレンジDay)」に制定しました。

ヒロシマは人類史上初めて戦争による核被害を受けました。今なお被爆者、二世、三世・・・の健康を蝕(むしば)み尊い生命を奪い続けています。

核兵器(原子爆弾)の被害を受けたヒロシマ、化学兵器(枯葉剤爆弾)の被害を受けたベトナムは、20世紀を象徴する戦争被害を受け、ともに“平和への強い思い”を持っています。

ベトナムの人たちは、原爆がもたらした筆舌に尽くし難い惨禍と今なお放射線による後障害が続いていることをよく知っています。そして、76年前の原子から復興し発展を遂げている今の広島のこともよく知っています。だから、ベトナムの人たちは老いも若きも、男も女も、子どもたちも「ヒロシマに学ぶ」ことを望んでいます。

平和で豊かな世界を築くこと

「核兵器禁止条約」が発効した今年、「枯葉剤60年」を迎える今年、「枯葉剤被害者の日(エージェント・オレンジDay) 」に、あらためてベトナム戦争、そして枯葉剤を問い、被害者支援の大きな輪を広げるために、このイベントを企画しました。

ヒロシマとベトナムが手を携え、平和で豊かな世界を築くための友情と連帯の芽が、また一つ生まれ育つことを願って企画しました。

グエン・ドクさん、Web参加

米軍が1961年8月10日に初めて枯葉剤を散布したコントゥム省は、結合性双生児として生まれた“ベトちゃんドクちゃん”の生誕地です。兄のベトさんは14年前、26歳で亡くなりました。40歳を迎えたドクさんは、ツーヅー病院で働きながら枯葉剤被害者の支援活動や平和活動を続けています。

2016年には、私たちの招きで初めて被爆地ヒロシマを訪れ、「“Nguyen Duc”トーク&コンサート」で熱く語ってくれました。
イベントの内容

◇「花はどこへいった」上映

坂田雅子監督作。最愛の夫、フォト・ジャーナリストだったグレッグ・デイビスが肝臓がんで亡くなったのは、彼が入院してわずか2週間後のことだった。妻である坂田雅子監督に喪失感とともに沸き起こったのは、「なぜこんなにも突然に亡くならなければならなかったのか」という疑問。米軍兵士としてベトナム戦争に送られた過去をもつ夫・グレッグの死について、友人から当時浴びた枯葉剤が原因ではないかと示唆された彼女は、夫への追憶と枯葉剤への疑問からベトナムへ行くことを決意する。そうして生まれたドキュメンタリー映画、「花はどこへいった」、是非ご覧ください。

◇グエン・ドクさんと坂田雅子監督のトーク&シンポジウム

 坂田雅子監督とホーチミンからWeb参加のグエン・ドクさんのトークです。続くシンポジウムには、ベトナム・アメリカ・韓国などでの枯葉剤取材をもとに連載記事(「枯葉剤半世紀」)を組まれた地元紙の記者、教蓮孝臣さんに加わっていただきます。