大好きだったおじいちゃんが作っていた日本酒“はたしょう”を復活させたい!

大好きだったおじいちゃんが作っていた日本酒“はたしょう”を復活させたい!
はたしょうは滋賀県の愛荘町(旧:秦荘町・はたしょうちょう)という場所から生まれ、地元で愛された日本酒の銘柄です。祖父は日本酒を通して、町の発展を目指していました。私はその想いを胸に、もう一度日本酒づくりをして高齢化も進む町を盛り上げたい。どうか一緒に盛り上げてくれませんか?

農家や酒蔵を現役でされている方々は50代〜70代の方が多く、継続させていくためには若い世代が町を盛り上げ、受け継いでいくことが必要でした。

水の管理をするコラボ円城寺の方(70代)

▼なぜ日本酒なのか

それは、大好きだったおじいちゃんの想いがたくさん詰まっているからです。

小学生の頃、「地元のものを紹介しよう」という課題があり、私は祖父が育てていた日本酒のお米作りを紹介しました。(当時は農家でした)

日本酒の稲をもたせてもらい、祖父に教えてもらったことを模造紙に書いて発表しました。自分の日常にある、当たり前のものを紹介したにもかかわらず、周りの方々に「おじいちゃんすごいね」と褒めていただいたことがとても嬉しくて、印象的だったことを覚えています。

そして、この日本酒を成人した時に飲んだ感覚。

今でも忘れられません。

今まで当たり前のように飲み物や食べ物を口に運んでいましたが、

どんな人が

どんな場所で

どのような想いで

どのように育てているのか

を知り、自らも触れることで
こんなにも、美味しく思い入れのある食事ができるのかと。
今でも鮮明に記憶に残っています。

そして、祖父の想いと食卓の時間をつなげてくれるものが日本酒でした。

この町を盛り上げるには、私自身のこの経験をみなさまにも知っていただくことから。
そのために、この土地だからこそ味わえる味・匂い・空気感・音・景色を届けたいと思いました。

日々、私たちが食べているものは、当たり前のものではなく、自然の中の掛け合わせと人の愛情でできています。

御田植祭で、中高生と一緒に豊作を祈念する私

水耕の際の私

コシヒカリの田植えをする円城寺コラボの方と、田植え補助をする私 

現在、食卓という時間や場にもコロナウイルスの影響があります。
だからこそ、日本酒を口に運ぶ瞬間、

どんな匂いがして

どんな音がして

どんな味がするのか

その土地の風景や作った人の顔が頭に浮かぶ、

まるで旅行をするような、食卓をそんな時間にして味わってもらいたい。

日本酒は、米作りからお酒になるまでを知ることで、その土地を知っていただける品。だからこそ、日本酒を通して、この土地の良さを知っていただけるようにしていきたいと思っています。是非、ご自身の口に運ぶものだからこそ、大切にしていただきたい。そのために、多くの方に知って、触れていただきたいのです。
これは、祖父の想いと私の想いの掛け合わせ、日本酒 ✖️ 挑戦です。

祖父や祖母、父の弟夫婦と乾杯をする私
▼行動しはじめて見えた世界

毎年、大きくは変わらない同じことの繰り返しだったという農業法人の方が、「俺たちも新しい挑戦ができて楽しい」と言っていただけています。

コラボ円城寺の方々

酒蔵のご夫妻は、自分たちの培ってきた全てを注ぎ込むように、自身の子供のように私が、一歩一歩進む姿を一緒に喜びながら、新しいチャレンジを楽しんでくださっています。

愛知酒造のご夫妻と

そして今では、父も一緒に銘柄の復活、この土地を盛り上げることを楽しんでくれています。

苗の水やり中の父

日本酒づくりに関わってくださる皆様は、祖父の足あとがあったからただ協力してくれるだけではなく、挑戦をする私を見て、この土地を盛り上げていくことを一緒に楽しんでくださっています。

そして私も、そのことが何よりも嬉しいのだと気づきました。

今思えば、会社員である私が、祖父の想いを引き継ぎたいと今回のように挑戦できるのは、私自身が尊敬する大人達が、