SAVE THE GOK!【GOK SOUND救済プロジェクトⅡ】

SAVE THE GOK!【GOK SOUND救済プロジェクトⅡ】
今年42年を迎えるレコーディングスタジオ「GOK SOUND」現在では数少ないアナログレコーディングを行っています。コロナ禍の影響によりスタジオが危機的状況に陥ってしまいました。少しでもこの状況下から脱却・再スタートするため「GOK SOUND救済プロジェクトⅡ」を始動!

ません。

清水一登

アマチュアから伝説の重鎮までをもサポートする、音楽への打算なき奉仕者。
それがGOK SOUNDの近藤さんです。

柔軟な発想力と、標準からの逸脱を厭わない過激なまでに自由な技術の行使で
アーティストの意志を具現化し続けて来た近藤さん。
その業界離れした孤高のエンジニアは文字通りGOK=God Only Knows=神のみぞ知る存在
として一時期のP-MODELや平沢ソロを支えてくれました。

今、その近藤さんの拠点であるGOK SOUNDに厳しい転機が訪れています。
もしも近藤さんに充分な猶予が与えられるなら、その発想力と行動力でどんな難関も
克服できると信じています。
ですが、どうやら危機は待ってくれないようです。

神のみぞ知る男が、彼のサポートを必要とするアーティストたちを目の前にして足止めを
くらうべきではありません。一日も早く神のみぞ知る男を働かせなくてはなりません。
もしも皆さまのお力でGOK SOUNDの道に光が差した暁には、私はGOKの男に重い任務を
与えようと思います。

「今まで通りその才能を惜しみなく発揮し、音楽のGODを死なせない」という任務です。

皆さまのご協力に感謝します。

平沢 進

GOK SOUND AIDに、どうかご参加を!
わたしが、いや、数々のミュージシャンがお世話になったGOK SOUNDが、経営の危機
だそうです。
それで、わたしも皆さまに呼びかけさせていただくことにしました。ヤプーズも、戸川純
バンドも、レコーディングはGOK SOUNDのお世話になりました。
思い出深いところ、いや、これからもないと、困るスタジオです!

エンジニアの近藤さんは、すごく理解者だと思います。
こんな話があります。わたしの芸能生活十周年記念のミニアルバムの歌入れのときの
ことです。
わたしは、戦後の夜の女の歌や、バージンブルースなど、カバーして歌っていました。
曲ごとに、夜の女の格好をしてはメイクまでして、赤い口紅をひき、バージンブルースでは
そのメイクを全て落としわたしの高校のときのセーラー服を着て歌いました。
それを、近藤さんは「そんな人は初めて見たけど、すごく良いことだと思うよ!」
手間がかかるのに、じっと待ってくれていた近藤さん、ありがとう!
その後もずっとお世話になりっぱなしです。あなたを失いたくありません。

もちろんGOKのサウンドは、ピカいちです!!!

戸川純

GOKサウンド及び近藤氏とは、私自身が直接レコーディングの仕事をお願いしたことはない。
35年ほど昔になろうか、火事で焼けてしまった旧GOKサウンド時代にナゴムレコードで
カーネーションの録音をさせてもらったのと、ライブのPAを幾度か。それだけ。

なのに、折に触れ近藤さんのことを思い出す。そして吉祥寺のあのスタジオは、まだまだ
存続してもらいたいと切に願う。
だって周りの信頼する音楽家たちは皆近藤さんを慕っているし、アナログでレコーディング
できるスタジオなんて、もうあまりないのです。このコメントでアナログレコーディングの
音の素晴らしさについて云々するつもりはないけれど、俺ももう少し自信がついたら、
チマチマ直さずに、アナログでガツンとGOKで録音したい。

ぜひ、より良いシステムを導入して、コロナ禍を乗り切って頂きたい。
皆さんご協力をよろしくお願い。

KERA

GOKの近藤さんとスタッフの皆さんは、僕の音楽人生を丸ごとお世話してくださって
いる大恩人です。
昨年、コロナ禍の中を綱渡りのように続けてきたイ