「花笑(はなえむ)カフェ」備後安田の”花鳥風月”を歩路(あじ)わう拠点を創る!

「花笑(はなえむ)カフェ」備後安田の”花鳥風月”を歩路(あじ)わう拠点を創る!
あまり知られていない広島県中央部のまち「備後安田」。実は他所にはない魅力がたくさん詰まった地域です。この地を離れて38年。昔のように再び人で賑わうよう、生まれ故郷の魅力を最高の楽しみ方でご紹介し、訪れた方が笑顔になれる時間を提供する拠点を創ります!

はじめまして。広島県三次市吉舎町安田で「安田マルシェ」の運営をしています、鳥井実香(とりいじつか)と申します。2年前に母校である「安田小学校」が閉校したことをきっかけに、地元・安田の地域おこし・町おこしのため、ひと月に二度のペースで帰省して、旧安田小学校前の古民家を拠点に活動しています。地域住民の方々から多くの賛同をいただき、今では近隣20店舗ほどが出店するイベントに成長しています。

JR福塩線の備後安田駅があり、「中国やまなみ街道」の吉舎ICから車で約10分、中国地方のほぼ中心に位置したところが広島県三次市吉舎町安田、通称「備後安田」と呼ばれる私のふるさとです。

私が地元を離れていた38年の間に人口は減り続け、母校の小学校も2年前に閉校となるなど、いわゆる過疎の町です。ここ10年は父母の闘病や入院のフォロー、先祖から受け継いでいる畑仕事などで月2回ほど徳島から実家への帰省する生活でした。

子育てもひと段落し、自分の時間ができたことで生まれ育った「備後安田」をひと時でも活気ある町できないかと考えるようになり、カフェを開業するつもりで古民家を譲っていただきました。昨年は「コロナ禍」の影響もあり、一旦見送ってマルシェからスタートしましたが、活動を通じて協力者・賛同者も増え、本格的に「備後安田」 の魅力を発信する拠点となる場の創出という夢に向けて準備に奔走しているところです。

私は吉舎町の安田地区に生まれ、18歳の時に進学で徳島に移り住み、以後38年間地元を離れ暮らしていました。 進学した徳島の大学では書道を専攻し、現在は書道塾や硬筆指導教室もしています。

その間、続けたことは学食のバイトです。3回生からはバイトリーダーとして仕込み・調理補助・ 配膳・食器洗浄などを一通り経験し、食の技術習得のほか4年間の食のアシスト(まかない)という副産物もあり、経済的にずいぶん助かりました。
同じく続けたことは、バンド活動です。ドラムを担当しながらバンマスも務め、卒業ライブのチケットはソールドアウトになり、楽しく充実した学生生活を過ごしました。

卒業後、音楽活動がきっかけで四国放送ラジオパーソナリティに就きました。そのおかげで様々な番組やイベントの司会、国体アナウンサーなどなかなか経験することができないこともたくさんチャレンジさせていただきました。新聞や雑誌のコラムなども文章を書く仕事も経験させていただきました。

自分の生まれ育った町が寂しくなっていく。人口が減り、保育所も小学校も統合され、外を歩いても人に会うこともない。そんな故郷に人の集まれる場所を創り、元気と笑顔を増やしたい。その想いで古民家カフェのオープンを決意しました。

カフェを開業するつもりで譲ってもらった古民家ですが、昨今の「コロナ禍」で一旦思い留まりました。しかし、気持ちを抑えきれず、オープン後に始めようと思っていたマルシェからスタート。始めて改めて思ったことは、安田には人の集まれる場所がなく、マルシェで久しぶりに会った人たちが笑顔で話しているのを見ると、あそこに行けば誰かに会えるという安心感が必要だなと思いました。人を笑顔にする場所をつくり、人との関わりの中で元気をみんなに持ってもらいたい。町外から訪れる人が増えることで、更に人の流れが生まれ、「備後安田」に活気を取り戻したいと強く思いました。
現在、マルシェの出店者は20店ほどになっており、私の思いに賛同して協力してくださる方は増え続けています。感謝の気持ちしかありません。

将来の元気な「備後安田」の姿を想像させるような、人と

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