広島観音ねぎ、瀬戸内のレモンとちりめん!広島にこだわった担々麺を食べて頂きたい!

広島観音ねぎ、瀬戸内のレモンとちりめん!広島にこだわった担々麺を食べて頂きたい!
ITの会社を脱サラした東京生まれ東京育ちの私が、瀬戸内海のちりめんじゃこ、広島観音ねぎ、そして瀬戸内広島レモンなど広島食材があふれる本格四川料理の汁なし担々麺を食べて頂きたいのには理由があります。

汁なし担々麺専門店『広島担々麺JiN』をオープンすることになりました中里仁(なかざとじん)と申します。コロナウイルスの影響が尾を引いていることもあり、現在の勤め先でのお仕事を続けながら、まずは日曜日限定営業をシェアキッチンでスタートすることになりました。

東京生まれ東京育ちの私が、なぜ広島にこだわった汁なし担々麺を食べて頂きたいのか説明するには、ここに至るまでの経緯を紹介しなければいけません。少々長くなりますが是非ご一読ください。

私は大学卒業後、2000年にインターネット関連の小さな会社を作りました。2008年にはビジネスモデルを注目していただき、テレビ東京の有名ビジネス番組で密着特集されるなど当時話題となりましたが、ビジネスモデルを上手くマネタイズすることができず事業を2010年に終了することになりました。

その後サラリーマンとなった私は、やはりインターネット関連の会社などでお仕事をさせていただきましたが、10年間燃やし続けた情熱を取り戻すことが出来ず、悶々とした日々を過ごしていました。

広島県宮島の弥山にて

2014年、仕事の都合で単身広島市内に約1年間生活した私は、広島の地でたくさんの貴重な出会いがありました。仕事がなかなか上手くいかず困っていた私を物心両面で助けてくれた広島の方たちへの感謝は一生忘れることが出来ません。と同時に、お好み焼きをはじめとする広島ソウルフードとの出会いは私にとってとても貴重な出会いでした。
広島市内のいたるところで見かける飲食店はどこも熱気で溢れていました。
店内は市内の人だけではなく世界各国からの観光客たちで賑わい、人々は広島の独特な文化に惹かれ感動していました。

そして私が何よりも惹かれたのは、広島の料理人の姿でした。
彼らは世界中のどんなお客様が来店しても、決して飾ることなく、そして少しも臆することなく胸を張って仕事をしていました。自分たちのソウルフードと、自分たちの仕事に対する自信と誇りに満ちた姿が最高にカッコいいと思いました。そしてその自信と誇りは情熱という炎で燃え上がり、店内は熱気であふれていました。その光景は私が東京の飲食店では感じたことがないものでした。
私がかつて自分の全てをかけていた私の仕事には、自信と誇りがありました。
私が取り戻さなければいけなかったものは情熱ではなく、自信と誇りだったのだということを広島の料理人たちの姿から学ぶことが出来ました。

東京に戻った私は、お世話になった会社に退職届を提出し、その足で広島お好み焼きの人気店「倉はし」の面接を受けました。私は面接時に「いつか広島の彼らのように自信と誇りに満ちたお店を海外に持ちたいので修行させてください。」とお願いしました。広島県呉市倉橋島出身の月光フーズ宮本社長は大きく頷きながら私の夢に共感してくれました。
年齢は40歳を超え、長男は中学校に入学していた年に、包丁の握り方も知らない男の修行が始まりました。

広島お好み焼き修行時代

お店は連日たくさんのお客様で賑わう繁盛店で、デスクに座りパソコンを見つめる仕事ばかりしていた私にとって慣れない立ち仕事は非常にきつく、1日が終わる頃にはいつも倒れそうなくらいに疲れ切っていました。仕事を始めて半年が経った夏の日、お店の片づけ作業をして疲れ切っていた私は180℃の油を顔や右半身に浴びる大事故に遭ってしまいました。右手の火傷は特に酷く、5時間にも及ぶ皮膚移植手術を受けることになりました。

しかしこの試練を越えた先に、必ず希望は見えるはずと信じ、痛みと熱さ、地獄のようなリハ

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