広島観音ねぎ、瀬戸内のレモンとちりめん!広島にこだわった担々麺を食べて頂きたい!

広島観音ねぎ、瀬戸内のレモンとちりめん!広島にこだわった担々麺を食べて頂きたい!
ITの会社を脱サラした東京生まれ東京育ちの私が、瀬戸内海のちりめんじゃこ、広島観音ねぎ、そして瀬戸内広島レモンなど広島食材があふれる本格四川料理の汁なし担々麺を食べて頂きたいのには理由があります。

ビリも乗り越え、私の右手はまた元気に動くようになり料理の仕事を再開することができました。

現場復帰し間もないある日、新たな業態での新店オープン計画を社長より聞かされ、その店舗のオープン準備にも携わるようになりました。新店の地は新橋。業態は広島の新たなソウルフードとして注目され始めていた汁なし担々麺の専門店でした。

担々麺は中国四川の麺料理が発祥で、天秤棒で『担いで』売り歩いたことからこの名前がついたと言われています。 中国ではスープが入らず混ぜて食べる「汁無し」の麺料理でしたが、赤坂四川飯店の創業者である陳建民氏の手によって日本式に「汁あり」にアレンジされ人気料理となりました。

本場四川料理の汁無し担々麺

オリジナルにさらなるアイディアを加え進化させ、新たな文化を創出するのは日本のお家芸であり、担々麺が日本で独自の進化を遂げたのも、ある意味自然な流れとも言えるでしょう。 千葉の勝浦タンタンメンや、川崎のニュータンタンメンなど、日本各地の食文化に溶け込むように「ご当地担々麺」が次々と生まれたのも日本食の特徴です。

そんな日本式担々麺に変化が起きました。

汁ありの食べ物として長く親しまれてきた担々麺が本来の汁なし料理として日本国内でブームが始まったのです。その火付け役となったのが広島でした。1999年に開業した広島市のラーメン店「きさく」は、知り合いの中国人留学生に「お世話になっている市内の料理教室で、私の故郷(四川省)の味を振る舞いたいので麺を譲ってもらえないか」と頼まれたそうです。それを店主の方が食べさせてもらったところその美味しさに驚き、店主は四川省に飛び本場の味を研究し独自の改良を加えて2001年に新メニュー「汁なし担々麺」が誕生したのです。

【出処】広島市汁無し担々麺マップ編集部

私たち、月光フーズの汁なし担々麺は、当時の上司であり四川料理歴30年のTさんが開発担当しました。妥協を許さないTさんは、オープンに向け約1年もの間マーケティングと研究を重ねレシピを完成させました。スパイスを削るミルでさえ、何種類試したかわからないほどのこだわりでした。Tさんから生み出されたその汁なし担々麺を初めて口にした時の衝撃を今もはっきり覚えています。

深みある旨みが溢れる挽き肉、そして何よりも口のなかで華やかに香り広がる花椒(ホワジャオ)のシビれる衝撃は脳の奥深いところに記憶され、明日も明後日も食べたくなる初めての料理でした。
お店はオープンしてすぐにたくさんのお客様にご来店いただきました。初めて味わうシビれる香りと刺激がヤミツキになり、毎日通われるお客様もたくさんいらっしゃいました。

しかし我々のお店は、4年に1度のスポーツイベント開催に伴う新橋駅周辺のビル建設に伴う立ち退き請求をうけ、熱狂的なファンたちに惜しまれながらわずか3年の営業で閉店を余儀なくされました。すっかり汁なし担々麺の虜になっていた私は、それ以来都内の汁なし担々麺のお店を食べ歩いていますが、あの感動にまだ出会うことはできずにいます。何よりも花椒(ホワジャオ)の香り方がまったくちがうのです。

新しい門出を祝ってくれた仲間たち

その後の私は、お世話になった月光フーズを退社し、丸の内や銀座のレストランでフレンチの基礎まで学ばせていただき、お客様の目の前でステーキやシーフードを調理する料理人となりました。

広東省深セン市にて中国の仲間たちと

2019年夏には中国広東省深セン市にオープンした大規模日本食レストラン街プロジェクトの立ち上げメンバーに選ばれ3ヶ月間中国でお仕事