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【あしなが学生募金】遺児であるということを、不幸の理由にしないために
5 ~ 6 分
みなさん、はじめまして。
あしなが学生募金事務局で関西エリアの代表と奈良ブロックの代表を務めています、細井清花(ほそいさやか)です。
数あるプロジェクトページのうち、私のページに関心を持ってくださりありがとうございます。
あしなが学生募金事務局は、あしなが育英会の奨学金によって進学を叶えた学生が中心となって活動している団体です。
毎年春と秋の年2回、全国の街頭で遺児の進学支援のための奨学金を募ると同時に、「当事者」として社会に対し声を上げ続けてきました。
2019年10月 南海なんば駅前にて
今年度は新型コロナウイルスの影響により、春と秋に実施する予定だった街頭募金の中止を余儀なくされました。
私たちは昨年秋を最後に、1年以上街頭に立つことができていません。
街頭募金の中止により、私たちは奨学金を募る機会と、そして遺児たちの等身大の声を社会に発信する機会を失うこととなりました。
”それでも50年の歩みをここで止めるわけにはいかない”
そんな想いから、街頭で訴えかけるはずだった遺児の現状と、みなさんに届けたい私の想いを発信するべく、このプロジェクトページを作成することを決意しました。
ぜひ最後までご覧ください!その数分間、絶対損はさせません!
あしなが学生募金が支援している「遺児」とは、病気や災害、自死(自殺)などで親を亡くした子どもたちや、障がいなどにより親が働けない家庭の子どもたちを指します。
かくいう私も、障がいがある親とともに生きてきた「遺児」の1人です。
さて、みなさんは「遺児」と聞くとどのようなイメージを持たれるでしょうか?
私は大学1年の秋から活動に参加しています。
街頭募金ではたくさんのお声かけをいただくのですが、その中でずっと忘れられない言葉があります。
それは、「頑張ってね、必ず幸せになれるからね」というものです。
そのひとことに込められたあしながさんの優しさや温かさに、当時胸が熱くなり涙が出そうになったのを覚えています。
しかしあとからふと、「私って不幸だと思われてるのか」と思ったのです。
確かに人一倍の苦労はしてきたかもしれません。不運だったかもしれません。
でも、自分のことを「不幸」だと思ったことはありません。
生きていて楽しいことも嬉しいこともたくさんあります。
「遺児」だから不幸だとは思われたくないし、自分自身が不幸だとも思いたくはないのです。
しかし、「遺児」という存在が「幸せ」を掴むには、困難が多いのもまた事実です。
「遺児」で「貧困」な私たちは「不幸」なのでしょうか?
私たち「遺児」が「幸せ」になるにはどうすればいいのでしょうか?
ページの最後に私なりの考えを綴っております。
みなさんもこの機会に、ぜひ一度考えてみてください。
ここまで「遺児」という存在について考えてきましたが、「遺児」という字が持つ意味合いからも、障がい者家庭の学生の存在は見落とされがちであると感じています。
ここからは私の経験と、「遺児」のうち障がい者家庭の学生の現状をご紹介します。
私は、母に障がいがあることからあしなが育英会の奨学金を受けています。
中学のころから母は思うように働けなくなり、家計を支えてくれていたのは父でした。
しかしその父にも、私が大学1年の冬、癌が見つかりました。
ただでさえ不安定であった私の家族は、経済的にも精神的にもさらに厳しい状況と