未来の子ども達のために!晴家村キャンプ場に水洗トイレ棟を作ろう♪

未来の子ども達のために!晴家村キャンプ場に水洗トイレ棟を作ろう♪
WITHコロナ時代のNO密なキャンプ場としてリニューアルする『晴家村キャンプ場』に、子どもも女性も安心して使える綺麗な水洗トイレ棟を作ります。未来の子ども達に残したい自然体験施設として10年の開拓を経て2021年11月から会員制に移行します。身延町の地域活性化を目指して開拓は続きます!

はじめまして。

私達は2011年から「未来の子ども達のために」を理念に、自然の中の楽園のような村を目指して「晴家村(ハレルヤムラ)」の名前でキャンプ場運営と村づくりを行っています。

もともとゴルフ場になる予定だった5万坪以上の里山を引継ぎ管理することとなりました。

自然豊かなひっそりとした山里にあり、夏には国蝶のオオムラサキが遊びに来たり、夏から秋には珍しいマドホタルが草むらで沢山光り出します。

この豊かな環境をどう活かしていくか考えた結果、ゴルフ場ではなく「未来の子ども達のために」をスローガンにダッシュ村のような楽しい村を作る事にして、開拓は始まりました。

そして未来に残したい晴家村として、賛同してくれる仲間たちと楽しみながら愉快に村づくりをしています。

みなさん、こんにちは!

晴家村の村長兼開拓人の晴家パラソル、本名は吉原由行(ヨシハラ ヨシユキ)と申します。

2011年から山梨県身延町に私が所有する5万坪以上の山林を

「未来の子ども達のために」

という理念で開拓を始めて10年が経ちました。

キャンプに来て自然を体験する施設、晴家村を主催しています。

仕事は気功整体師です。

仕事して稼いだお金を開拓に使い、コツコツと施設を整備して来ました。

腕には自信があり、こんな山梨の田舎でも60分1万円の高額整体で結構評判なんです。

これまで整体で稼いだお金で田舎に家が建つくらいのお金を開拓に使っちゃいました(汗)

私が生まれたのは東京の新宿区。その後文京区で育ちました。

キャンプデビューは北海道でした。

次男の私は19歳の夏に北海道へ旅に出かけてキャンプを覚えました。

そして大自然の素晴らしさを肌で感じました。

テントで朝目覚めた時の自然との距離感がゼロで、それから朝ごはんの支度の為に炭をおこす。

これが、本来の人間らしさなのかって感じでハマりました。

その後10年位は、毎年北海道へ通ってはキャンプやカヌーや乗馬などのアウトドアをする旅をしていました。

当時、両親は事業家でゴルフ場の開発などの仕事をしていました。

私がまだ21歳の時、母が病気で他界。父は母の死後体調を崩して入退院を繰り返す様になり、バブルも弾けて父の事業は一気に下り坂を駆け下りました。

その17年後には、会社は1億円近い負債を抱えて、倒産するにも広大な山林があるため整理が付かずにいました。

結局、さらにその2年後に父親は他界。

それっきり借金の督促も無くなり、私は借金に怯える事なく山を受け継ぐ事になったのでした。

結果として、いきなり広大な山林を受け継いだ私は

どうせなら生まれ変わった気持ちでやりたい事を思いっきりやろう!

と決めました。

そして、子どもの頃に感じた自然の中で遊ぶ楽しさを、いつでも楽しめる楽園のような村をつくろう!と決めたのです。

それは大人になっても変わらない、子ども心に戻れる故郷の様な村。

そんな場所を夢想して、ハレルヤムラと名付けました。

2010年の年末の事でした。

心晴れる家

晴家村(ハレルヤムラ)の始まりです。

晴家村開拓のために「晴家フューチャープロダクション」を立ち上げました。

未来をプロデュースする、より良い未来を提案する、そんな思いで発足して2018年に法人化しました。

晴家フューチャープロダクションのロゴは蛍がシンボルマークです。身延町でも有名な蛍は自然が残っている地域の象徴です。

発足当時の2011年は東日本大震災で日本中が大変な年でした。

晴家フューチャー