足助の町並みで100年続く庭づくりを始めたい!

足助の町並みで100年続く庭づくりを始めたい!
国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)に選定されている足助の町並みの中で、手入れされずに荒れ果ててしまった場所を、いろいろな使い方で多くの皆さんに長く親しんでもらえるような「百年庭園」として再整備します。外からは見えにくい敷地内の「庭」を半公共的に運用し、町並みの魅力を高めます。

はじめに・ご挨拶

数あるプロジェクトの中からこのページをご覧いただき、大変ありがとうございます。地域人文化学研究所代表理事の天野博之と申します。人と人・モノ(資源)・地域の間に立って、楽しくなるようなコトを起こす触媒の役割をしたいと考え、豊田市職員の本業の一方で個人的に地域人文化学研究所を立ち上げ、各種オモシロいことを企む活動を行っています。この研究所のほか、とよた五平餅学会の学芸員としての顔も持ちます。

地域人文化学研究所 代表理事 天野博之
(ご挨拶用にかしこまった格好をしています。背景は寿ゞ家本館大広間舞台)

地域人文化学研究所 代表理事 天野博之
(普段はこんな姿で現場にいます。)このプロジェクトの舞台となる足助の町並みでは、町並みの魅力を「住み継ぐ」ために、 当時の豊田市の整備方針とは異なる方向性で、平成19年からその保存と活用を地元の方々に提案し、 伝統的建造物群保存地区の制度の利用を推進してきました。そして平成23年度に足助の町並みが重要伝統的建造物群保存地区に選定された後も、保存の先の活用の形を表すため、廃墟然となっていた旧料亭「寿ゞ家」の建物を再生して町並みの中に新しい価値を創造していく活動「寿ゞ家再生プロジェクト」を続けています。

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  → 寿ゞ家再生プロジェクトのページ
プロジェクトの舞台・足助の町並み

プロジェクトの舞台は、愛知県豊田市足助町の古い町並みです。東海地方随一の紅葉の名所「香嵐渓(こうらんけい)」が観光地として知られています。その香嵐渓の景観を作り守ってきた人たちが住んでいるのが、足助の町並みです。

足助の町並み 航空写真
足助川に合わせるように街道も緩やかに曲線を描いています。

足助の町並みの歴史は古く、中世には綿や漆の市があったとの記録があり、江戸から明治にかけては太平洋側と内陸部との物資の輸送路として重要な役割を担った旧伊那街道 (「塩の道」「中馬街道」とも呼ばれる現在の国道153号線)沿いの物資の集散地・商家町として栄えました。現在でも、江戸時代から続く魅力的な町並みが残され、平成23年に重要伝統的建造物群保存地区に愛知県内で、初めて選定されました。

足助の町並み(新町)

足助の町並み(西町)
前方の山には真弓山城跡があり、櫓が木造で再現されています。足助の町並み(本町:足助川沿い)
川沿いや山側の通り、それらをつなぐ小路など、街道筋だけでなく様々な表情を持っています。

足助の町並み(田町:旧街道側)

足助の町並みでは、1月に足助八幡宮で七草がゆのふるまい、2月から3月にかけては、ひな人形が町並みにの家々に並ぶ「中馬のおひなさん」、4月には桜の花に先駆けて飯盛山のカタクリの可憐な花が春を告げ、足助神社の春祭りがあり、5月の連休あたりは香嵐渓の新緑がまぶしく映え、6月にアユ釣りの解禁後には釣り人が川で腕を競い、8月は「たんころりん」が灯る街道筋で夕涼み、足助をどりを踊ったり、 足助夏まつりの花火を見上げたり、10月は足助八幡宮の大祭で町並みをめぐる各町の山車の華麗かつ勇壮な姿や谷間に響く 鉄砲隊の轟音に酔いしれ、翌日からはまた来年のお祭りに備える・・・そうした地域の生活に根差した歳時記があります。

 様々な催事や香嵐渓の様子などは足助観光協会のHPでもぜひご覧ください。 → 足助観光協会HP

4月の春祭り(足助神社祭礼)

中馬のおひなさんの時期の餅花

足助祭り山車の帰り引き(夜)

町並みの「香嵐渓もみじまつり」のポスター(2015年)