緑あふれる小さな街で自分らしいプリン屋さん。癒しのプリン屋さんへ。

緑あふれる小さな街で自分らしいプリン屋さん。癒しのプリン屋さんへ。
はじめまして。寺田瑛菜と申します。この度は幼い頃の夢であったプリン屋さんを開きたいという想いから初めての一歩を踏み出しました。生まれも育ちも高知県の私。大学入学の為に関西に来て早5年目。23歳の挑戦。”お腹はすいちゅう?”という言葉で惹きつけられた貴方。応援よろしくお願い致します‼︎

ご挨拶

はじめまして。寺田瑛菜と申します。

まずは簡単に自己紹介をさせていただきたいと思います。

1998年9月30日に高知県高知市で生まれ18歳まで高知県で育ちました。

くるみ幼稚園

追手前小学校

土佐女子中学高等学校

甲南大学

以上が私がお世話になってきた母校です。

そんな何の変哲もない私は幼い頃からプリンが大好物でした。いい意味でもわるい意味でも欲がない私でしたが、プリンだけは目がなくて、プリンを見つけては目を輝かせていました。プリンを好きになった理由は、叔母が作ってくれていた”プリンケーキ”がきっかけです。みなさんはプリンケーキをご存知ですか?もしかしたら懐かしい!という反応をされる方がいるかもしれません。

初めて聞いた方はプリンなの?ケーキなの?と感じられると思います。でもどちらも正解です。スポンジケーキの上にプリンが浮いている2層の不思議で素朴なお菓子です。叔母が作ってくれるプリンケーキが大好きでプリン沼にハマっていきました。それから大人になってから、プッチンプリン、あちこちのカフェや喫茶店のプリン、お取り寄せプリン、たっくさん食べ漁ってきました。いつしか自分好みのプリンを探し求めて、いよいよ作ってしまえばいいと思い、自分でプリンを作るようになりました。
夢が見つかった

現在23歳になったばかりの私はそんなこんなで癖の強いプリン愛を持っています。

いつしか、プリン屋さんを開きたい。みんなにもおいしいプリンを食べて欲しい。このまま独り占めするのはもったいない。と思うようになりました。

見つけた夢のためにパティシエになることや、マーケティングを学ぶために一般企業に就職することをまず第一に考えました。

しかし半年ほど前にパニック障害を発症し、ただ電車に乗るだけが怖くて、冷や汗が止まらなくなり呼吸の仕方を忘れそうになる日々が続きました。なにも出来ない焦りと、周りの友人たちのように当たり前が当たり前のようにできない自分が悔しくて毎日泣いていました。正社員として会社に入社し働くことは諦めざるおえませんでした。今の私に何ができるのか将来に悩んでいた私にある日大家さんが声をかけてくださいました。

”プリン屋さんここでやってみる?”

具体的なお話

私は5ヶ月ほど前にご縁があり、兵庫県宝塚市にある”Karakusa”という賃貸物件に引っ越してきました。私の1LDKのお部屋は、賃貸とはおもえないとってもユニークで素敵なお部屋であり、このKarakusaという建物は緑あふれる直径100mの”イノタウン”という小さな街の中にあるお家です。イノタウンではカフェ、雑貨屋さん、本屋さん、美容室、既にたくさんの仲間が自分らしい暮らしを実現しています。このイノタウンを管理している大家さんはたくさんの人々の夢を叶えてきたみんなのお父さんのような素敵な方です。今回こんな私に声をかけてくださり、自宅でプリン屋さんをやってみようという決意に至りました。せっかくいただいたもう2度と訪れないかもしれない機会を金銭面の理由で諦めたくないと思いクラウドファウンディングに挑戦致しました。

このプロジェクトで実現させたいことは、ご縁があり住まわせていただいているイノタウンでプリン屋さんをひらき、イノタウンという街をもっと多くの人に認知してもらい、愛される街にしたいです。

コロナの影響で大きなダメージを受けたイノタウンの皆様を手助けできる立場に立つことができると思います。

お店のこだわり

地元高知県ひまわり乳業様の牛乳を使用したプリンをはじめとした

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