福島の10年の歩みを意義ある「教材」としてまとめ、沢山の人が学べるものにしたい!

福島の10年の歩みを意義ある「教材」としてまとめ、沢山の人が学べるものにしたい!
東日本大震災から間もなく10年。当たり前だった生活が突然奪われてしまったあの日から、普通の生活、幸せを取り戻すべく活動してきました。その中で見つけた学びを冊子やWEBに教材としてまとめ、世代や住んでいる場所問わず多くの人に届けたい

自己紹介

 こんにちは。一般社団法人AFW代表の吉川と申します。茨城県常総市に生まれ、高校卒業後、東京電力に入社。福島第一原発で働くことをきっかけに福島県に暮らし始め、かれこれ23年目になりました。東日本大震災・原子力災害を契機に東京電力を退職し、現在は人生観が変わったその場所の出来事だけでなく、それからの日々で出会った人たちから学んだことを、多くの方に共有することを仕事としています。

AFWについて

 一般社団法人AFWでは、福島第一原発と周辺地域を題材に、一般社会にとって汎用性のある学びを次世代へ繋いでいく取組をしています。具体的な取組は、中高大学生向けへの講義、原子力災害被災地域のフィールドワークのアテンド及びコーディネート、企業向け研修、講演活動などです。この取組を通じて、これまで8,000人以上の方と交流してきました

どうしてこのプロジェクトをやるのか

2011年から10年が経過する今年。福島にとっては、大きな節目の年です。福島県に暮らす人たちにとって、この10年はどういう10年だったのかについて、私なりの考えをまず説明させてください。

いきなり生活していた場所を追われ、自分たちの存在意義の根底を揺らがされたあの日

私は、原子力災害が招いた被害には、物理的な避難を強いられたこともそうですが、それ以上に「個々人のアイデンティティ・存在意義が揺るがされたこと」が、地域住民にとっての大きな痛みだと考えています。

社会から「フクシマ」というラベルを付けられ、存在自体を疎まれてしまう。自分自身ですら、育ってきた地域を否定し、人によっては生まれ育った場所がどこなのかも言えなくなるという状況さえ生まれてしまいました。

また、自分が一生懸命良い街にしようとしてきた努力がゼロになったような絶望を感じたり、地縁でつながってきた仲間とも離れ離れになり、孤立感を感じて苦しい思いをしてきた人たちもいます。

そこから立ち上がり、豊かな暮らしを築いてきた10年間でもある

一方で、この10年間は、福島に関わるたくさんの人たちがその状況を変えようと行動してきた10年間でもあります。

震災後、被災地域では立ち上がった地域住民や、そこに移住してきた人たちが様々な活動を立ち上げています。私は、その活動を横から見ていて「豊かに暮らす」ための考え方やヒントがものすごく含まれているように感じています。

ふるさとを守ろうとする人たち、彼ら彼女らを応援する人たち、原子力災害から何かを学びとろうとする人たち、多くの人に出会いました。

その出会いの日々は、自分の小さな世界感では知ることが出来なかった視点やものの考え方をもらい、少しずつですが、確かに自分の人生を変えていきました。

「正しい情報を把握し、リスクと共存すること」

「対立した価値観の中で合意形成をはかること」

「自分が何によって形づくられているのかを知ること」

「多様な人と関わり、交わることで新しい価値観を知ること」

「可能性のある未来を描き、自分が過程の中にいること」

こうしたことの一つ一つの積み重ねが、豊かな暮らし、幸せな毎日を形作ってきています。そういう気づきを与えてくれた人たちとその営みが、福島には確かに生まれていると知りました。

外部によって自身が揺らぐ社会

昨年以降、コロナ禍の状況で似たような経験を感じてきた方も多いのではないでしょうか?

社会の常識が変わる中で、自分がやってきたことがまったく通用しなくなって苦しい思いをしている方、友人知人、同僚との距離が遠くなり、孤独を