文化財「日高家住宅」について
木造2階建て、金物を使用しない伝統的な工法で建てられた和風建築。浴室の天井や階段の手摺、玄関のタイル張り等に当時の洋風建築の意匠が取り入れられており、近代らしさも感じられるつくりとなっています。
また、入江に突き出すように造成され、海に浮ぶような外観。建物に大きな改変は加えず現在も保全をしています。
ぶり御殿 大広間・横山大観(帰漁)・西園寺侯爵書・平沼前総理書・薩摩焼香炉等調度品に囲まれている。天井には明治時代のシャンデリアが灯す。
大正時代の漁の様子
大正時代鰤大漁人力の為100隻の大軍団での漁大正時代の漁の様子
明治時代屋号㊀筵に包まれ関西関東への遠方出荷写真ぶり大漁右汽船は関西汽船
繰り返しになりますが、私たちは現在、文化財の屋敷活用により得られる収益で文化財の保護を進めています。
令和1年7月に法人を設立し、宮崎空港リニューアルと同時に料亭ひだか直売店をオープンさせて頂き、宮崎を訪れるお客様に自社製造商品をお土産としてお買い求め頂く事業がスタートした矢先、今コロナ感染症により、空港という売り場にはお客様の姿は激減となりました。
私共は、日本中どこでもお買い求めいただける商品ではなく、地元に根差した販売方法を選んでおります。
その理由は、六次産業からスタートしました歴史に裏打ちされた伝統料理の自社製造加工品を関東に的を絞りブランディングしていく中で、数字を追い求めていく商業ベースの波に乗り遅れないためにと、本来の目的であった六次化から距離が出来てしまったからです。
料亭ひだかの屋号で起業しましたのは、商業ベースの成功の為ではなく、浜値が下がり漁獲量も減少していく中で高付加価値をつけ300余年続く漁業家として野趣あふれる中にも繊細さを追求してきた日高家に伝わる料理を商品化していくことで地域の活性を目指したからですが、大都会のデパ地下での出店は日々数字との戦いでしたので、宮崎の農産物を使用するより輸送代金のかからない近場の農産物を原料として使用し惣菜や弁当に力を入れて数字を確保していった時期が有りました。しかし、どんなにデパ地下に来て下さるお客様から弊社惣菜や弁当を選んで頂いても、本来の六次産業化からは離れていく現実が有りました。
「これは違う。私たちのいる場所はここではない。」
このことを反省し、現在は地元生産者との取組を確固たるものにし、商品開発を行い、宮崎を代表できる商品としてリ・スタートし、販売先を慎重に選んでいくことが、伝統料理を守ることだと認識したからです。
地元生産者との取り組み一例
300余年漁業家に伝わる伝統のもてなし料理
また、漁業家ならではの魚料理、賓客をもてなす際につくられた宮崎素材のもてなし料理を継承しております。今回はこれらの商品をリターンとしております。是非今は宮崎に来る事ができない、全国の皆様に味わって頂きたと思っております。
さつま(鯛の冷や汁)
延岡市蔵元酒粕使用甘酒
宮崎県産どんこ椎茸、孟宗筍「煮しめ」
鯛昆布ちらし寿司
日髙家住宅は産業遺産登録が行われており、コロナ以前は、これから屋敷内外を見学可能にし、全国の皆様に宮崎に訪れて頂くための計画をしておりました。
文化財指定の屋敷だけではなく、明治時代に海を埋め立て建造された屋敷庭一角にぶりを遠方に出荷するための加工施設としての燻製棟が保存されています。
棟の下半分はカラミ煉瓦、上半分は赤煉瓦で燻製機能に特化した構造です。カラミ煉瓦は延岡市の藩主であった内藤家が大正期に運営した日