はじめに・ご挨拶
井上 拓也 30歳、男です。
横浜市戸塚区で生まれ育ち、戸塚が好きでずっと戸塚に住んでいます。
僕はプロの料理人でも無ければ、ただの料理好きです。
みなさん飲食店で働くというと「ブラック」、「大変」というイメージを連想される方が多いかと思います。
僕もそう思います。笑
しかし僕は高校生のアルバイトから数えると計10年以上飲食店で働いてきましたがその中で大きな「楽しさ」を味わってしまいました。
高校一年生の時に初めてファミリーレストランのホールのアルバイトをした時は緊張しすぎてお客様とまともに話せず、震えました笑
3ヶ月くらいで辞めてしまいました。
そんな僕が30歳になった今では自分のお店を持ちたいと思うのにはたくさんの物語りがありました。
…初めてのアルバイトが3ヶ月しか続かなかった僕が高校二年生になり、ホールは向いてないのかなぁと思い他の店舗でキッチンのアルバイトを始めました。
そこでホールでは味わえなかった自分で何かを作る楽しさを実感しました!
そこからその楽しさにハマり、いろんな料理を作りたい!もっと綺麗に盛り付けたい!とどんどんハマっていき、楽しくてしょうがなかったです。
あんなに長時間労働で、あんなに大変なのに…完全に飲食店ジャンキーです笑
その職場でのアルバイトは4年ほど続きキッチンのリーダーまで任されるようになりました!
その頃から「自分の作った料理を食べているお客様の顔が見たい!」と思うようになり、
有名な繁盛店で働くことを決め、ホールとして勤務することを希望しました!
めちゃくちゃ緊張して苦手だったホールの業務を敢えて希望しました。
繁盛店でしたのでお客様は一日に何百人も来ます。そこで鍛えられて、
4年くらいその職場で働き、最終的にはなんとホールの責任者を任されるほどになりました。
緊張してお客様とまともにしゃべれなかった僕がです。我ながらすごい成長です笑
常に自分のお店を持ちたいという夢を漠然と持っていて、料理を極めれば、接客を極めれば、いつしか自分のお店を持てると思っていました。
しかし、25歳くらいになった頃に独立経験のある方と話す機会が増え、いろいろと話しを聞いてみると驚愕のことを言われました。
「お金が無いと自分でお店やれないよ」
と。
当時、飲食店で働いていた僕は月収20数万円、貯金ほぼ無し、でした。
僕は急いで仕事を辞めて、好きだった飲食店を離れて給料の良い仕事を探し、さらに別の仕事を掛け持ちし、
週7日で働き続けました。
その掛け持ちした仕事も自分のお店を持つために
営業トークを身につけるために営業の仕事
お店のデザイン性やファッション性を高めるためにアパレルの仕事
と自分のお店を持ちたいという夢のために今までとは別の角度から自分のスキルアップのために働きました。
そしてその甲斐あって30歳になった今、貯金額もゴールが見えるようになってきました。
新型コロナウィルスの影響で昨今の店舗型の飲食店の情勢は非常に厳しいと思います。しかし、キッチンカー、デリバリー、テイクアウトの需要は高まっていくと思いますのでキッチンカーという形で夢を実現させたいと思います!
商品・お店が作られた背景
自分が飲食店でいろいろと教えてもらった方々に対して、感謝の気持ちを表現するためにキッチンカーという仕事で
教わった技術を生かしたいと思いキッチンカーをやろうと思っております。
私たちの商品・お店のこだわり
ご自宅で過ごすことが多い現在、食に対して