地元の伝統工芸品”だるま”を世界に発信する居酒屋を作りたい

地元の伝統工芸品”だるま”を世界に発信する居酒屋を作りたい
衰退の一途をたどる"高崎だるま"を世界に発信する大衆酒場を東京神田でオープンしたい。"飲食店開業"の夢を求めて海外の飲食店に転職するも、コロナの影響で1年で帰国。高崎の縁起だるまに思いを乗せて"コロナに負けない飲食店の開業"という夢を実現します!!

“高崎だるまを世界へ”を掲げた大衆酒場を都内にオープンしたい!!

本ページをご覧になって頂きまして、誠にありがとうございます。
群馬県高崎市出身、林 龍男と申します。

群馬県高崎市出身のだるまが大好きな27歳です。
毎年だるまを購入してだるまに願掛けをしていました。受験や部活など重要な年に願掛けしただるまは当時の成功体験の思い出として、今でも家に飾っているくらいだるまを愛しているんです。

高校を卒業する18歳まで群馬県高崎市で育った私は大学卒業後に船舶系の専門商社に就職しましたが、”将来は自分の飲食店をオープンしたい”という夢を追いかけ、海外の日本食レストランに転職をしました。

そんな中2020年の夏頃、アラブ首長国連邦で働いていた私は、突然上司からコロナによるレストランの一時閉店を理由に、再開の目処がたつまで無給で日本に帰国するよう通達を受けてしまったのです。

地元群馬県高崎市で過ごしている時に、高崎だるまの文化が衰退に向かっているという噂を耳にしました。

毎年だるま市に行き新しいだるまに願掛けをしていた私は、高崎だるまの衰退の噂を聞き流す事が出来ず、様々な事を聞いて回りました。

そして実際に耳にした”売上の低下”や”だるま産業の衰退”という言葉。現代の洋風な部屋の作りがだるまと合わなくなったのか。そもそも若い世代にだるま文化が継承されてないのではないか。

原因は様々だが、私はこの事実に直面し

特に、コロナの影響で来場者数の減少に陥った高崎だるま市。例年30万人以上の集客ができるこの高崎だるま市も、2021年は6万人という結果に。
それほど、高崎だるまも飲食業もコロナの影響を大きく受けております。

7年前から私の夢は居酒屋の開業でした。

ただ就活の時期になると
『飲食業はブラックだ』
『他の業種も経験した方が良い』
など様々な否定的な意見に流されました。

その結果、自分のお店を持つという夢を諦め、船舶関係の専門商社に就職しました。

船舶系の商社でサービスをしていた軍艦

新卒の会社で3年働いた頃に、将来について考える時が来ました。
そして、私の将来の夢は3年経っても変わらず自分の飲食店を持つ事でした。

当時英語もままならなかった状況で、SNSで見つけたおしゃれな日本食レストランの予約フォームから

『英語も料理もダメだけど、情熱と笑顔には自信があるから雇って欲しい』

奇跡的に、UAEを代表する大きなレストランから雇って頂けることになりました。
そうして翌月、VISAを取得してUAEのZUMAというレストランに英語と料理を学ぶために飛んでいきました。

当時働いていたUAEのレストラン

2021年10月に日本に帰国し、外国人が好むインバウンド向けの居酒屋をオープンするという想いを胸に学び続けました。その後アメリカ支店で本場の英語や、オーストリア支店の立ち上げを行うなど、飲食店経営を学びました。

突然のコロナ帰国

そんな充実した日々の中、突如流行したコロナウイルス。私の働いていたレストランも一時休業となりました。上司からはコロナが終息するまで日本に無給で帰国して待機していて欲しいと言われ、日本に帰国しました。

転職活動をしてサラリーマンの道に戻るべきか。それとも夢を追いかけ続け、掲げていた2021年10月に居酒屋開業の準備をするか。その2択に私は悩み続けていました。そんな中直面しただるま産業の衰退。

そう思ったその日から、一度学生時代に諦めた夢を”必ず叶える”と決心し、日本で居酒屋開業のために動き出し