はじめに・ご挨拶
はじめまして!ご覧いただきありがとうございます!!
私は東京都世田谷区池尻大橋で生まれ育った太田と申します。
池尻大橋でビールマンイケジリというクラフトビールの立ち飲み屋を営んでおります。
この度地元、池尻大橋に \新店舗をオープン/ することになりました。
コロナ禍で正直自分のお店の経営も大変な中、新店舗出店は自分にとって大きなチャレンジとなります。 なぜこのタイミングで、新店舗をオープンするのか。
それは、、、
こんな時だからこそ、大好きな池尻大橋にお返しがしたい!
という想いからです。
コロナで元気が無い世界に池尻大橋から元気をお届けようと、 池尻大橋の名店であった焼き鳥「山正」を今回復活させる運びとなりました!
商品・お店が作られた背景
焼き鳥「山正」とは池尻大橋に昔からあった焼き鳥屋さんです。
高校の頃、部活帰りによく食べていました。
試合後に監督の文句を言いながら食べ歩きしたのを覚えています。笑
特徴として、塩の焼き鳥が赤い色をしていたのが非常に特徴的な印象でした。
また1本100円とリーズナブルで、僕ら高校生から大人まで、いつも人で溢れるお店でした。
不思議と軍歌が流れるいい意味でアンニュイな側面もある素敵なお店です。
あのホームページデザインが古すぎることで有名な、あの誰もが知る俳優さんも修行時代によく通っていたそうです。
1本100円と安価だったのも、お店の隣に当時特売が売りの大型スーパーがあり、差別化をするために常に安価。
なので看板には「特売なし」という言葉も入っています。
現在はタバコ屋になっているものの、看板は当時のまま。屋号の横に書いてある 「山正に特売なし」はその時の名残りです。
池尻大橋の隠れた歴史です。
とても繁盛していた池尻大橋 焼き鳥「山正」
ですが、2008年に先代の大将が亡くなり閉店を余儀なくされたのです。
私にとって高校の青春の思い出の焼き鳥屋。池尻大橋の住民に愛された焼き鳥屋。
そんな山正が閉店しました。
残念な気持ちのまま、山正の看板の前を通る度に復活を望んでいました。
13年が経った2020年9月。
私が池尻大橋で経営するビールマンというお店のすぐ隣の物件が空いたと聞いたときに、山正の大将の息子様に「何とか山正を復活させていただけないか?」と打診しました。
そして何度もお話を積み重ね、山正の名でお店を復活させることをご快諾いただきました。
私たちの商品・お店のこだわり
無事、山正オープンの許可はいただいたもの、問題は山積みでした。
1番の問題は
>>>>レシピの継承者がいない<<<< 当時のレシピは亡くなった大将しか知らず、 なんとか当時の味を復元しようと2020年10月から大将の息子様と話しながら 「椎茸が入っていた。」
「確か蜂蜜が入っていた・・・」
「にんじんはもう少し・・・」
「レモンの酸味がもう少し・・・」 などの情報を少しづつ集めて、タレを完成させていきました。 塩の焼き鳥が赤い理由もパプリカだということをヒントにパプリカ塩にたどり着きました。
何度も何度も、何度も何度も試作を積み重ねて、2度と復元することの無かったレシピの復元ができました。 この山正の復元レシピを焼くのは、これまた数奇な運命で出会ったシェフの岡田。 岡田はこれまで9年間ニューヨークのミシュラン焼き鳥店で修行を積んでいましたが、 コロナの影響で帰国を余儀なくされました。 しかし日本で「安くてうまい焼鳥を多くの人にお届けしたい」という想い