ダウン症のきょうだいが親へ送る “逆”遺言書 という新しいカタチの実現!

ダウン症のきょうだいが親へ送る “逆”遺言書 という新しいカタチの実現!
【“逆”遺言書 230万円挑戦中!!】ダウン症を持つ子の親御さんは口を揃えて言います。「自分が亡くなる時、この子(ダウン症)を一緒に天国に連れていきたい」そんな言葉を無くすには、きょうだいの力が必要だと思い、今回きょうだいによる親御さんに向けた“逆”遺言書を書籍として出版を致します。

存在しないと感じています。

そこで、やはり親として頼りにしたいのが“きょうだい”という存在なのではないでしょうか。
一番信頼のおけるきょうだいに親の死後、相応のサポートをしてほしいと思うのが親の立場として自然ではないでしょうか。

しかし、ダウン症のきょうだいも1人の人間であり、自分の人生があります。

自身の家族を持ち、親元を離れていくことは容易に想像できます。そこで出てくる問題が親亡き後、
ということです。

きょうだいによっては、「自分が面倒みる」というきょうだいもいれば、「自分は何ができるかわからない」、「特に何もする気ない」、「親亡き後の世界を想像する年齢ではない」など様々な意見が出ているのが事実です。そして、
というのも課題となっています。

親御さんは、きょうだいに対しての「本音が分からない」という方が多く存在するということが分かりました。

そこで、今回の書籍のタイトルである、
きょうだいから親へ送る“逆”遺言書として、きょうだいの本音、真意、想いに迫り書き留めることで親御さんへのメッセージになり、また今までなかったネットワークのきっかけをつくることが「親亡き後の問題解決」の最初のステップになると考えています。

きょうだいの本音、真意、想いを聞くことで今からできる準備や日々の生活、また、今までになかった繋がり・ネットワークをつくれることで様々な面で良い変化をもたらせてくれると思っております。

上記のように「親亡き後の問題」をいい方向へと進むことができないか。また、新しいきっかけを作ることはできないかと考えている中で1つ大きな違和感を感じました。

「親として我が子が他様に迷惑をかけるのが申し訳ない」
「ダウン症は一人で生きていけない」
「きょうだいには自分の生活を優先してほしい」

といった親としては当たり前に考える理由、この理由に違和感を感じました。それは、

という違和感です。

この違和感は私の個人的な経験からきています。

27年間、私自身が他様に迷惑をかけないで生きているか。
ここまでもこれからも一人で生きていくことができるか。
親の死後、きょうだいとして自分の生活だけに意識して日々過ごせるか。

これらの答えは全て“No”です。

恐らく、どんな人でも自分の知らないところで迷惑をかけていたり、誰かに助けてもらったり、どこかで家族のことを想ったりして、今の居場所、地位、存在、生活があるのではないでしょうか。

なので、“ダウン症”という括りだけで親が固定概念をつくってしまっていることに、
私はどうしても違和感を抱いてしまいます。

ダウン症ということは関係なく、誰もが平等に向き合う問題が親亡き後についてだと思います。


私自身が親になったことはありません。
親としての目線で話をしたり、親としての想いを実際に感じたりといったことはできないため、
上記の違和感が親御さんを不快に思わせてしまっていたら申し訳ございません。

もう一つのテーマである「共生社会の実現」とは、ダウン症者が社会に出て生きていくということだけを指しておりません。人種、業界、国、性別、世代などに関わらず全ての人が共に生きる社会を実現していくことを指しております。

私の大学受験時(当時2012年頃)の社会情勢は、
・消費増税法が成立して消費税が10%に決定
・アップル、iPhone5の発売
・景気後退期
など、超少子高齢化などに伴った日本の社会情勢が、現実に崩れ始めているタイミングだったと認識しております。そんな中、インターネット・スマートフォン