和装研究家・飯田美代子(90歳)による「絆の綿帽子」販売に向けて

和装研究家・飯田美代子(90歳)による「絆の綿帽子」販売に向けて
「和婚」という言葉を産み出した飯田美代子が考案した「絆の綿帽子」母から娘へ 娘から孫へと受け継がれるデザインとなっています。今年90歳となる飯田が10年がかりで開発・制作してきた「絆の綿帽子」ですが、本プロジェクトに挑戦し一般販売に向けていきたいと考えています。

飯田美代子「八掛け人生」をモットーに歩んできたが気がついたら90歳。昔ははたち(20歳)を過ぎたら「半ババア」なんて言われていたし美空ひばりの歌に「今年60のおじいさん」という歌詞があるけど今の60歳は働き盛り。そんな時代背景の中で精いっぱい生きてきたが気がついたら90歳。90歳は卒寿というが旧字では卆と書くので、この文字を分解して九十になるという説もありますが、私は今までの人生を卒業して、様々な場面でお世話になった社会に何か役立つことをしたいと思います。
そこで8年ほど前に実用新案を取得した「絆の綿帽子」を改めて皆さんにお届けしようと改めて販売することにしました。
和婚DVD-飯田美代子監修-

私の歩んできた道を紹介すると、30代は美容関係の雑誌の仕事を、40代は一般婦人誌の編集、60代は会社で設立、ブライダル雑誌を発行してきましたが、会社経営はまったくの素人で他人に経理をすべて任せぱなしにした結果、会社を休眠せざるを得なくなり、残ったのは莫大な借金のみ。でも、仕入れて販売する仕事でなく、頭の中に貯め込んだ知識で何とか借金の返済をしつつ90歳を迎えました。

普通なら年金生活で余生を楽しむところですが、本人は8掛け人生をモットーに生きてきたので72歳の脳年齢と思って仕事をしています。

最近は90歳のYouTuberとして、いろいろな話をしています。3月10日に「15歳の少女の記憶 東京大空襲」を発信したら、10代の若者からメールをたくさんいただき、若者の知識欲に感激しています。

何故絆の綿帽子を作ったのか

私が綿帽子に興味を持ったのは洋装の衣装ではリングピローを始め、様々な装飾品が結婚式の思い出として残るのに、和装は頭から草履まですべてレンタル。自分のもので残るのは足袋だけということから、何か結婚式の思い出を残せないかと考えたのが始まりなんです。

そこでひらめいたのが綿帽子を母から娘に贈る商品を考案。「絆の綿帽子」を誕生させたのです。綿帽子に「挙式日、挙式の場所、母より」と刺繍すれば自分だけの綿帽子が記念として残ります。
また、綿帽子の頭頂部を折ってクリップで止め、赤ちゃんの初参りに着せれば、母が娘にそして孫にと絆で結ばれる結婚記念品が誕生すると考えたのが始まりです。

8年も前に実用新案を取得した「絆の綿帽子」(2011年に実用新案取得)ですが当時は和の結婚式は20%、チャペル挙式が80%という状態でしたから、綿帽子に興味を持つ花嫁はほんのわずかでした。

刺繍
ところが、オリンピック招致が決定したころから日本の文化が海外でも注目され、結婚式スタイルが洋風から和風に変わり、今では半数近くが和の結婚式を希望するようになりました。 衣装は白無垢が一番人気になり、当然綿帽子への関心も高まってきたのです。
そこで、ずっと温めていた「絆の綿帽子」を改めて紹介することにしました。

結婚式の進行の中で親族紹介の時に花嫁は綿帽子を付けずに、親族の前に進みそこで母が娘に綿帽子を被せる演出は、思い出に残る一コマです。

最近多くなっている少人数の結婚式に華を添える一助になると思います。

●資金の用途について

・市販商品の開発・仕入れ,PRの為の動画編集・販売サイトの構築・クラウドファウンディング手数料などに使わせていただきます。

※本プロジェクトはAll-in方式で実施します。目標金額に満たない場合も、計画を実行し、リターンをお届けします

●最後に

プロジェクトが成功したあとの未来日本文化って本当に素晴らしいと思うのです。戦