【令和の大改修】北出屋敷地車応援プロジェクト

【令和の大改修】北出屋敷地車応援プロジェクト
『尼崎型最古の地車(だんじり)を後世に受け継ぎたい』活気あるお祭りが無事行われることを願って、北出屋敷地車保存会が令和の大改修を行います。

『尼崎型最古の地車を後世に受け継ぎたい』

この度は、北出屋敷地車保存会応援ページをご覧いただきありがとうございます。

北出屋敷地車保存会応援ページ企画の代表の柳澤と申します。

我々保存会一同は、歴史と伝統ある地車を後世に受け継ぐため活動しております。

最後までお読み頂けますと幸いです。
初めに だんじり祭りについて

毎年 8 月1日(宵宮)から 2 日(本宮)に兵庫県尼崎市で行われる貴布禰神社夏季大祭(通称:だんじり祭り)では、1 台の太鼓と8 台の地車が各町から曳き出されます。
祭りの起源は平安時代にさかのぼり、疫病封封じの祈願として始まったと云われますが、神事の陸渡御、船渡御に地車が加わったのは 1700 年代(享保 19 年頃)と記録されています。
山合わせ

だんじり祭り最大の見所は地車による山合わせで、2 台の向き合った地車が激しくぶつかり合い、相手の地車の肩背棒に乗せて勝敗を決めるという全国でも珍しいものです。
勇ましく山合わせを行う男たちとだんじりの光景は圧巻で、市民だけでなく、毎年多くの観客が遠方からも訪れます。
古くは宮入の順番を決めるために山合わせが行われていましたが、現在は 1 日の宵宮に宮入し、2 日の本宮夕刻に山合わせが行われています。

昭和三十年代後期頃から一時期途絶えていましたが、昭和四十七年に関係者の努力により第一回市民祭りを機に復活し、現在に至ります。

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『北出屋敷地車の歴史』

現在の北出屋敷地車(以下北出)は、かつて中在家町東四丁目が所有していたものを、終戦後、昭和二十三年頃に買い受け、北出としては三代目であろうと思われます。

二百年以上前に地元の船大工が製作したと伝えられており、尼崎型地車として最古の地車です。

テキスト ボックス地車全景

注目すべきは浪花彫物師 相野一門が手掛けた中国の物語の彫刻で、見送りの二枚の板を左右対称に透かし彫りした火燈窓、後ろ正面は三千年に一度実をつけると云われる不老長寿の桃を西王母が武帝に献ずるために穫っているところです。

大屋根正面の飾目には先代地車からの唐獅子を受け継ぎ、 拝懸魚には朱雀、
車板に漢高祖の龍退治、小屋根の後ろ飾目に玄武、枡合の唐子千人遊びなど、
江戸時代からの装飾を今に残す姿は、我々保存会の誇りです。

毎年、夏季大祭中はこれらの見どころを多くの地車ファンが見に来られます。

相野一門による彫刻

テキスト ボックステキスト ボックステキスト ボックス  貴布禰 hashtag on Twitter       
『先人からの襷をつなぐ』

現在の北出屋敷初代地車は消失したらしく、記録などもないため残念ながら詳細は不明です。

テキスト ボックス北出屋敷地車保存会所有資料

二代目は、明治二十八年頃に大阪東淀川区三ツ屋方面から買い取り、一旦バラバラにして神崎川を船で運んできたと記録されており、昭和二十一年十一月三日の新憲法公布の祭典に参加した帰りに、阪神出屋敷駅西の踏切で電車にはねられ、無残にも壊れてしまいました。

その後、中在家町から買い受けたのが現在の三代目であり、平成元年に初