「市川弘太郎の会」を劇場に来られない方にも届けたい!!

「市川弘太郎の会」を劇場に来られない方にも届けたい!!
この度7月31日8月1日(東京建物 Brillia HALL )にて、歌舞伎の自主公演「不易流行 遅ればせながら、市川弘太郎の会」を開催します。ご来場の皆様に少しでも安心してお越し頂くため、2600人の客席を半分にしました。併せて、劇場に来られない方にもご覧頂きたく本プロジェクトを計画しました。

はじめまして。

まず始めに、このページをご覧いただきありがとうございます。

歌舞伎役者の市川弘太郎と申します。

以下、少し長くなりますが最後までご覧頂ければ幸いです。

この度、不易流行「遅ればせながら、市川弘太郎の会」を主催し、

子供の頃からの憧れである、義経千本桜の吉野山、四の切の「狐忠信」を演じるという夢が叶います。

狐忠信という役は師匠である三代目猿之助(現・市川猿翁)が1000回以上演じ、

早替わりやアクロバティックな動きで子供や海外の方にも人気があります。

三代目猿之助(現 猿翁)

三代目猿之助(現・市川猿翁)
「舞台製作 松竹株式会社」
歌舞伎との出会い

私は2歳の頃、スーパー歌舞伎「ヤマトタケル」を観て歌舞伎役者になりたいと思うようになりました。

周りのみんなにとってのヒーローは仮面ライダー、ウルトラマンでしたが、私にとっては歌舞伎でした。

なかでも、のちに師匠となる当時の市川猿之助が演じていた狐忠信に憧れ、

いつか舞台で演じてみたいと弟を相手役に付き合わせ、

家族をお客さんにして二段ベッドで「四の切ごっこ」をやっていました。

歌舞伎役者としてそこそこ幸せな毎日

師匠である猿翁が、歌舞伎の家に生まれていない私を12歳から部屋子として厳しく育ててくれたおかげで、38歳となる今でもなんとか歌舞伎役者として生き続けることができました。

19歳で師匠が倒れてからは、渡される目の前の役に全力で取り組むことで、

日々がむしゃらに過ごしてきたので、幼い頃の憧れや夢などは忘れていました。

今ある日常がそれなりに幸せなんだと自分に言い聞かせて生きてきました。

そんな自分に二年前のある日の夜、食事の席で叱咤激励して幼い頃の感情を呼び起こさせてくれた、

同年代の歌舞伎役者がいました。
中村七之助さんと尾上松也さんです。

お二人から、「弘ちゃんならもっとできるよ!なんかやりたい役ないの?いくらでも協力するよ。」

と言ってもらい、ありがたい、嬉しいという気持ちの反面、

歌舞伎界に長い間身をおき、自分のやりたいという感覚を押し殺して生きてきたので、

すぐに答えることはできずに、その時はしばらく押し黙っていたと思います。

しかしここで本音から逃げてはいけないと思い、真剣に思い起こした瞬間、

口を突いて出た言葉は、「俺、四の切やりたい」でした。

「よしやろう!」

七之助さんはその場で「じゃあ俺、静やる!」と言って、

早速手帳を開き、2021年7月31日、8月1日にしよう!と約束してくれました。

ここでやらないと一生「四の切」が出来ない。

何とか実現させなくてはという想いと二人のおかげでやっと夢が叶う感動と嬉しさは、

今でもはっきりと覚えています。

今回は、コロナ禍の開催の為、ご来場いただくお客様の安心安全を配慮し、

客席を半分にして上演いたします。

今まで弘太郎を応援してくださった方々にも、

現状を鑑みて劇場にいらっしゃれない方も多くいらっしゃると思います。

劇場に足をお運びいただけない方にもご覧いただきたいという思いと、

自分の夢が叶う瞬間を映像に残したいという思いから、

当日の上演作品のBlu-ray化、配信化を計画いたしました。

しかし、観客半分の時点で制作費は逼迫しており、映像化にかかる費用を皆様ご協力いただき、

本公演を一緒に成功へ導いて頂きたく思い、

この度クラウドファンディングにチャレンジさせて頂くことを決意しました。

新型コロナウイルスに邪魔されなが

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